2026年2月20日金曜日

手首骨折6日目の記録。

 12/28に左手首を骨折してから7週間ちょっと経ちました。

現在リハビリ中。

手のむくみは始めが10だとしたら3まで引いたけど、まだむくんでいて色も赤黒いです。

固定が取れて10日くらい経ちましたが、固定により関節が固まり、手首はあまり動かないし指は殆ど曲がりません。

親指と人差し指は何とかつくけど、親指と他の指はつかない状態。

握れないので車の運転もできず、リハビリに通うのに病院まで片道40分かけて歩いて行っています。


ギプス固定中に指を動かしていたほうが良いのはネットにあったけど、むくみがひどくて動かず。

多分、もっと頑張って動かしておくべきだったのでしょうが、骨が動きそうなのも怖くて安静にしてしまいました。

ここまで関節が拘縮してしまうと後悔。

でも、仕方ないからリハビリに時間をかけて根性で治します。


パート仕事はずっと休んでいて、有給を全部使いきりました。

新人パートさんが2人入ったばかりですが、沢山仕事したい人達なので私が休んでも大丈夫みたい。


さて、振り返って骨折6日目の記録をします。


1/2 (6日目)

2日前にギプスをモナカ状に切ってもらったが、まだきつくて手が痺れる。

心配なので当番医に診てもらうことにしました。

ほんと、年末年始にケガや病気はするものではありません。

不調が続くと複数の病院に行くことになって、病院によって若干治療の仕方が違うので、先生も私も気を使います。


レントゲンで確認したら骨は真っすぐついていてずれてはいないとのこと。

良かった~

最初に整復してくれた先生に感謝。


ただ、指がパンパンに腫れてきつくなったギプスを見て「これでは駄目だ」と先生。

ギプスを取ることになりました。

看護師さんがギプスカッターで手際よくカット。


取り外し可能なギプスシーネになりました。

先生が「お風呂にも入れますよ」と言うけど、手首周りをガードするだけのギプスで大丈夫なのか?

最初のお医者さんでは骨がずれてた様子を見ていたから、「肘上まで2週間固定してその後肘下にする」と言っていました。


そのことを、この日の当番医の先生に伝えてなかった。汗

伝えなくても同様にギプスを付け直すと思っていたけど、思っていた以上にギプスが小さい・・・

でも、先生は今の状態を見て判断しているから大丈夫か?


それに何と言っても取り外せるのは魅力的すぎる。


骨折した日から上半身の服は脱げず、上半身は拭いていました。

拭けない背中は娘に拭いてもらって。

頭と下半身はシャワーで右手を使って洗っていたけど、この日からお風呂に入れたし、着替えられたので、もうガチガチのギプスに戻りたくない。

再び骨がずれないように、ものすごく慎重にお風呂に入り着替えました。

それでも服の袖に左手を通すとき、ちょっとでも変に通すと超痛かったので、毎日お風呂に入って着替えるのはやめました。


「次は1週間後にレントゲンを撮ります」

と言われたので、この翌週、病院へ。

ウォーキングをしてもよいか聞いたら、転倒防止のためしばらくやめてくださいと言われました。


お医者さんには言われませんが、毎日、骨作りのため、ビタミンDを作るよう日光浴を30分しました。

丁度、毎日晴れて骨のためには良かったと思われます。

2026年2月3日火曜日

手首骨折。4日目の記録。

手首骨折記録。

12/31(4日目)

ギプスで指の付け根から肘上までがっちり固定中。

肘は曲げた状態。

手首は真っすぐではなく少しおじぎした感じ。

腫れてギプスがきつい。

手先が若干冷たいし痺れている。

腕もきつくなってる。


という訳で、年末の当番医で診てもらうことにしました。


当番医へ行く時は電話で確認しています。

「4日前に別の当番医で処置してもらったギプスがきつくなってしまったので診ていただけますか」

と。


レントゲンで見たら骨は、ずれていませんでした。

最初のお医者さんが、ただ引っ張って手首のあたりをムニムニしただけ。

感覚だけで、ずれた骨を元通りにするって凄すぎる。


ギプスをちょっと緩めることになり、先生は「モナカにする」と言っていました。

モナカって?

食べ物のモナカ状にギプスを切ることらしく、マジックでギプスに切る線を書いて、看護師さんに指示していました。


ギプスカッターで切り始めたけど、肌に触れたら切れそう。


で、お正月に姪と姪の旦那さんのSさんに会った時、そのことを話したらSさんは研修医なので肌に触れても切れないことを教えてくれました。

普通は看護師さんが教えてくれるそうです。


年末で忙しいから言わなかったのか?

私が知ってると思ったのか?

実際肌に触れても血が出なかったのはそういう訳だったんですね。


指の方ももう少しカットすると言って先生が線を書いたけど、その看護師さんは「ここは切らなくていいでしょう」と言って切りませんでした。


モナカ状に切っている途中で先生が来て、

「そのギプスは取って付け直そうか?」

と言ったら、その看護師さんが、

「モナカにして様子をみたらどうでしょう」

と言うので、そうなりました。

看護師さんの言う事が通ってしまうとは・・・


ただ、こういう時は何が良いかわからないので、これが運命(大げさ)と思うことにしています。


モナカの皮部分がギプスであんこ部分が腕と手首。

切ったギプスを包帯で固定。


先生が、

「もし、これでもきつかったらお正月の当番医で診てもらってください。整形外科です。きつくなければ最初に行った病院で早めに診てもらってください。」

と言って、お正月の当番医を書いた紙を渡してくれました。


家に帰ったら腕の部分は少し楽になったけど指がまだきつい。

看護師さんには先生が書いた通り手の部分も切って欲しかった。


それにしても、ギプスの中が痒い。

古くなったお箸をギプスの隙間から入れてかじったら少し落ち着きました。

ギプス生活が始まったばかり。


これからどうなることやら・・・

お正月の当番医の表を見ながら2026年を迎えたのでした。

2026年1月26日月曜日

手首骨折。当日の記録。

 年末、12/28に左手首骨折。

まだ治る気配なしですが、忘れないうちに少しずつ覚書。

(前記事と重複あり)


12/28  当日 15時頃

息子は既に帰省していたが外出中。 

娘は在宅勤務中。

冷戦中だった夫は車で外出中。


干した布団と洗濯物を取り込み、夫のジョギングの服を洗濯したので干す準備をしていました。

普段は午後に洗濯をしませんが、汗臭い服を翌日まで置いておくのも嫌なので。


リビング窓際から、こたつ脇を通り洗濯機へ向かう途中。

こたつ敷布団の端を踏み滑りました。


因みにこたつ敷布団は今シーズン買ったもの。

布団は厚めでカバーはポリエステル素材。

とっても暖かいのです。

その日に初めて滑ることを知り、このまま使用し続けるのは怖いけど…

気に入っているので悩みます。


滑らない靴下を履けばいいか?


とにかく、その日は歩くスピードが速かったのも悪かった。

滑ってから一瞬体が宙に浮き、まず頭をこたつにぶつけました。

その後左手をつき、今まで経験したことのない痛みが・・・

しばらくこたつ布団の上で寝ていました。


とりあえず頭は無事。

それより次に全身を支えた左手首が曲がっている(-_-;)


在宅勤務中の娘を呼んで転んで左手首が変だと見せたら、

「ひぃ~。一階で大きい音が聞こえたけど転んだんだ。手がやばいね」

と言って、お父さんに家に帰るよう連絡してくれました。


帰ってくることを確認後、当番医を調べてくれたので当番医に連絡。

診てくれると言うので娘は仕事に戻りました。


夫が帰宅後、当番医へ。


当番医には私のような怪我人ばかりで、ちょっと安心しました。


先生はエコーとレントゲンを見て、

「フォークの形に折れているね。骨粗鬆症かも。今回は手首だけど次は…」

と脅かすことを言いながら、

「年末で日が悪い。手術するならだいぶ先になるけどどうしようか?」

と聞かれたので、

「お任せします」と答えたら、

「麻酔せずに冷やして引っ張って骨を戻して固定にしよう」

となり、ずれた骨をうまく戻してくれました。


「すごく痛かったでしょう」

と先生と看護師さん。

「大丈夫です」

と答えられられたのは、お気に入りのドラマ「三国志司馬懿」の痛そうな場面の数々を思い出していたから。

あれよりは全然痛くないでしょう⁈

超痛かったけど。


その後、肘の上までギプスで固定。

「2週間後に肘下までのギプスにして、1か月後には骨がつくと思います」

とのことで、2週間後の予約を入れ帰宅。


冷戦中だった夫とも会話をするようになりました。

こんな状態の時に争いは禁物。


夫の価値観はわからないし嫌なことが多いけど、良い所もあるから否定せずに上手くやっていく方法を考えよう。


最近、皆に依存されていてイライラしていました。

それが、今回の骨折によって解決されたのは驚きです。

痛すぎたけど、効果あり過ぎ。


まず、家庭では家事。

何もしない夫が食器洗い、洗濯(自分のものだけ)をするようになりました。


職場ではパート仕事。

色々な業務を依存されっぱなしだったので、新年からは平等に分担しようと思っていましたが、骨折が治るまで休むので、結局、全部お任せすることになりました。

時々、失敗もあるようで連絡がきますが、解決方法を伝えると上手く対処して何とかなっているとのこと。

パート仲間は真面目なので、任せて大丈夫みたいです。


それから妹。

半年前からパート先で一緒に働き始めたけど、教えたはずの業務を何度も聞いてくるし、気になることがあったので注意したら辞めると言い出して・・・

丁度、増員の求人を出していたので「辞めるなら早めに社員に言って」と言ったら辞めることになりました。

この件で妹と雰囲気が悪くなっていましたが、骨折を機に再び連絡をとるようになりました。


と言っても、一度壊れたものは継ぎ合わせても傷は残るもの。


程々の距離を保っていこうと思います。

姉妹で働くと妹の方に甘えが出るので、二度と一緒に働くことはないでしょう。


私にとっての骨折は、自分の気持ちのリセットができて良かったのかもしれません。

家事や仕事のこだわりをなくして他人に任せるということ。

そして、私に依存していた人達は私無しでも良いように動き出したこと。


さて、骨折の経過ですが、その後、左手が全体的に腫れてギプスがきつくなり、手先が冷たくなってきました。

痺れもある。

ネットを調べると放置しないで病院で診てもらった方がよいと書いてある。


年末なんだよなぁ・・・

でも心配なので大晦日に別の当番医に行ったのでした。

2026年1月4日日曜日

2025年末2026年始は大変だった。今も。

 年末、パート仕事納めをして休みに入り、息子も帰省、夫も休み、娘は在宅勤務の日。

息子と夫は、それぞれ出かけていました。

干してあった布団をしまい、洗濯物もしまって、また沢山出されていた夫の洗濯物が洗い終わったので干すつもりでいたのですが・・・


その前の日に夫との倫理観の違いによるプチ喧嘩をしていたこともあって、そんな夫の洗濯物をすることにイラっとしながらも、夫も家族のために働いているから仕方ないか・・・とか、でも、私もパートもして家事はほぼやってるよなぁ・・・とあれこれ考えていたら、室内の段差で滑って転んでしまったのです。

左手を思い切りついて、あまりの痛みにしばらく寝ていました。

少し治まって起き上がり左手首を見たら、明らかに変形している。汗


仕事中の娘を呼んで手首を見せたら娘も動揺。

でも、すぐに夫に知らせてくれ、夫が帰宅することに。

整形外科の当番医を調べて病院に電話し、夫に車で連れていってもらいました。


娘は夫が帰ってきたのをみて再び仕事へ。


何せプチ喧嘩中だったから無言で病院まで。

病院では夫が診察室まで付き添ってくれたので、そこで夫も私がどのように転び、左手首がどうなってしまったか分かったようでした。


骨折して骨がずれていましたが、手術するとしても1/5以降。

それもいつできるかわからない。

年明けに手術か、整復してギプスで固定するか、聞かれたけど正直よくわからない。

それで、

「先生が今一番良いと思われる方法でお願いします。お任せします」

と言ったら、整復してギプス固定することになりました。


麻酔はせず、氷でずっと冷やして痛みを感じさせないようにし、先生が思い切り引っ張って骨を元の位置に戻してくれました。

超痛かったけど、顔にも声にも出さずに済む程度。

三国志の司馬懿のドラマを繰り返し視聴中だったので、痛そうなシーンを思い出しながら耐えました。

ギプス後のレントゲンを見たら元に戻っていたから、先生に感謝。

これから動かさずに骨がつくのを1か月以上待つことになります。


帰りは夫とも話をするようになりました。

倫理観は合わないところがあるけど、感謝。


家事、パート仕事はしばらく人に任せてお休みします。


それにしても、2025年は健康面が悪い年でした。

ただ、息子の結婚式の時は体調がまぁまぁ良くて、それだけが救い。

若干50肩の痛みが残る程度でした。


2026年のスタートは、ギプスがきつくて色々ありましたが、またの機会にここに書いておこうと思います。

あ~あ、室内で転倒して手首骨折なんて、骨粗鬆症の老人みたい。

治ったら骨密度を検査してもらおう。

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