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2026年8月12日水曜日

手首骨折から約8ヵ月、甲状腺眼症発症から約10ヵ月。

 還暦手前の体調はいまいち。

厄年って気にしていなかったけど、お祓いした方がよかったのか?


年が明けたら、しばらく行っていなかったテニスに行こうと思い、昨年秋にテニスラケットのグリップのテープを買ったのですが・・・

左手首骨折とバセドウ病で当分テニスはできなそう。


パート仕事の方は、月に数日だけ勤務。

新人パートさんのうちの一人が沢山出勤したいと言うので、体調不良で出勤日数を減らしたい私と丁度よい組み合わせ。

本当はもう仕事を辞めたいところですが、夫が「仕事は続けて欲しい」と言うので続けている感じ。


さて、年末に骨折した手首ですが、左手がまだほんの少し浮腫んでいます。

年末だから手術できず、整復して固定している間、浮腫みがひどくて動かさなかった指の動きが悪くなってしまいました。

殆ど握れず車の運転もできなかったのが、リハビリで少しずつ動くようになり、骨折してから8ヵ月ちょっと経った今、ぎゅっと握れるまであと少し。

料理や車の運転などの通常生活に支障はありません。


病院でのリハビリは混んで待ち時間が一時間ということが多く、骨折後半年以降、病院へは行かなくなりました。

完治するかわかりませんが、自分でリハビリを続け、もう少し動くように時間をかけて治していこうと思っています。


目の調子が悪く、病名は甲状腺眼症ですが、発症から約10ヵ月、診断されて約4ヵ月。

自己責任で薬などの治療はしていません。

私の場合、バセドウ病の症状は殆どありません。

あるのは目だけ。

瞼の腫れと涙と複視があって、最近、腫れと涙はだいぶ減っています。

複視も一時期より良い。


老眼、近視、乱視はあるけど、運転免許更新時は裸眼でギリギリ通ってきていました。

次の免許更新時は通るかどうか・・・


複視のせいで左側から振り返るとすごく見にくかったのが、ちょっと見にくい程度になりました。

食生活を少し変え、セレンを含む食品をとってみたり、夜更かしを控えめにして悪化しないように気を付けています。


手も目もいまいちですが、さほど困っていないので、まぁ良いでしょう。

三国志ドラマ司馬懿でやっていた華佗先生の考えた「五禽戯」を毎日して、指や目もしっかり動かしながら、バランス感覚が衰えないよう体をゆっくり動かして心身を整えています。

2026年4月18日土曜日

手首骨折から3ヵ月半経過。手指関節拘縮は治らず。

 左手の手首骨折をしてから約3ヵ月半。


3ヵ月経った頃から指がだいぶ曲がるようになってきました。

まだ完全には曲がらないけど、力は少し入るので冷蔵庫や玄関のドアを左手だけで開けられるようになりました。

指に力が入るようになったことで、車のハンドルの太さ位なら操作できそうで、車の少ない平日の時間帯に少し運転してみたところ、前進は問題なし。

駐車場のバックの切り替えしに左手を使う癖があるので、それを意識して右手メインですれば大丈夫でした。

リハビリにウォーキングで片道40分かけて行っていたのを、この頃から車で行けるようになったのは嬉しい。

雨の日にも行けるし、何と言っても病院に着いた時に汗だくにならないのが良い。


リハビリは老人が多く、皆さん厚着している中、私一人半袖で汗を拭っていましたから。

先月は待合室の隣に座ったおじいさんに、

「今日は暑い?」

と、聞かれてしまいました。

「歩いてきて暑くなってしまいました」

と、答えたら納得していましたけど。


リハビリは、電気と超音波とリハビリの先生の施術。

リハビリの先生は丁寧にやってくれる分、待ち時間が長いです。

1時間以上待つこともしばしば。


で、スマホにダウンロードしてあった本を読んで待っているけど、少し前に「三国志」は後書きまで読み終えてしまいました。

ただ、最近、目の調子も悪くて、1時間も読んでいると目が疲れてぼやけてしまう。

あっちこっち悪くなるお年頃。


約3ヵ月半経った現在は、まだ手をぎゅっと握れないのでリハビリ通院を続けています。

運転は違和感なくできるようになりました。


先日、久しぶりにパート仕事に半日だけ行ってきました。

駐車場に着いたら、職場の敷地のお隣のおじいさんが2階の窓から、

「おーい、治ったか?」

と声をかけてくれて、

「はい、完全ではないけど治りました!」

と答えて、

その後、取引先のメーカーの女性事務員さんにも、

「骨折の割にお休みが長いので心配していました」

と言われたので、

「運転ができないのと、手が使えないと業務に支障があるので休んでいたんですよ」

と答えたりで、皆さん気にかけていてくれたみたい。


その日、初めて1月に入った新人パートさんに会って、教え切れていない業務を教えてきましたが、この方は沢山働きたいと言っているだけあって吸収が早かったです。

基本、パートは一人で勤務なので、私が復帰すると新人パートさんの勤務日数が減ることになるけど、私は出勤日が少ない方が良いのでお互い丁度良いのでは⁈

もう一人年末に新人パートさんが入っていて、その方は既に会っていて良い人。

職場環境ががらっと変わりました。


手首を骨折してから、人に任せなければならないことが増えました。

今まで夫やパート仲間のやり方に不満がありましたが…

教えた通りにやらないし、やるべきことが不十分だったからなのですが、口を出さずに任せることにしました。

人それぞれやり方や考え方に違いがあるので、大きな問題がなければそれで良しとしよう・・・

と。


骨折は私にそれを教えたのだと思っています。

もし、神様がいるとしたら中々厳しい教え方でしたが、今、とても良い感じではあります。

2026年3月14日土曜日

手首骨折から約11週間経過。リハビリ中。

 年末に左手首を骨折してから約11週間経ちました。

6週目に骨がつきギプスが外れ、

「今日これからリハビリを始めましょう」

と先生。


その日から週2~4日ペースでリハビリ通院しています。


リハビリ担当の先生は、見た感じ30代後半くらいの背の高いスポーツマンタイプの先生。

リハビリ初日は浮腫みがひどく、手首だけでなく指もほとんど曲がらず状態でしたが、担当の先生はその様な手を見慣れているようでした。

それで、

「こんなに指が動かなくて大丈夫でしょうか?骨折中に無理にでも動かした方が良かったのですよね?」

と聞いたら、それについては答えず、

「時間はかかるけど動くようになるから焦らず頑張りましょう」

と。

これからどうやって治すかだけ考えていこう

ということなのでしょう。


骨折後11週間経っても、まだぎゅっと握れません。

ただ、親指とどの指もつけられなかったのが、まず人差し指がつくようになり、今は中指、薬指がつくようにはなりました。

もう少しで小指もつきそう。

それによって全く使えなかった左手が、少しずつ使えるようになってきました。


浮腫みは、一番ひどかった時を10とすると今は2ぐらい。

手の甲の血管が出てきたけど、骨はほんの少し見える程度。


力が入らないので、ゴミ袋を縛るとか冷蔵庫を左手で開けることはできません。

洗濯物は何とか干せ、食器も時間をかければ洗えるようになりました。


車の運転はしていません。

もう少し力が入り、手が握れるようになってからにするつもり。

パート仕事はずっと休んでいます。


病院でのリハビリは超音波と電気と先生の施術で合わせて1時間弱。

予約制ではないので下手すると1時間半くらい待つのが難点。

待っている間は病院を変えようかな?

なんて考えてしまいます。


担当の先生の人柄が良いので通い続けていますが。


待ち時間が苦痛なこともあり、リハビリ初期は週4日通院でしたが今は2日程度。

リハビリの先生のやり方をよく見て、自宅で真似しています。


あと、五禽戯をYouTubeを見ながらやっています。

因みに五禽戯(ごきんぎ)とは…

後漢時代の名医・華佗(かだ)が創始した約1800年の歴史を持つ伝統的な養生気功法。

虎・鹿・熊・猿・鳥の5種類の動物の動きを模倣し、五臓六腑を活性化させます。


これは中国のドラマ、三国志~司馬懿 軍師連盟~の影響。

司馬懿が神医、華佗(かだ)先生に教わり、自宅の庭や、牢に入れられた時、最終回にしていた健康体操。


手先も動かすので、リハビリになりそう。

色々試して、左手が元通りになるよう頑張っているところなのです。

2026年2月20日金曜日

手首骨折6日目の記録。

 12/28に左手首を骨折してから7週間ちょっと経ちました。

現在リハビリ中。

手のむくみは始めが10だとしたら3まで引いたけど、まだむくんでいて色も赤黒いです。

固定が取れて10日くらい経ちましたが、固定により関節が固まり、手首はあまり動かないし指は殆ど曲がりません。

親指と人差し指は何とかつくけど、親指と他の指はつかない状態。

握れないので車の運転もできず、リハビリに通うのに病院まで片道40分かけて歩いて行っています。


ギプス固定中に指を動かしていたほうが良いのはネットにあったけど、むくみがひどくて動かず。

多分、もっと頑張って動かしておくべきだったのでしょうが、骨が動きそうなのも怖くて安静にしてしまいました。

ここまで関節が拘縮してしまうと後悔。

でも、仕方ないからリハビリに時間をかけて根性で治します。


パート仕事はずっと休んでいて、有給を全部使いきりました。

新人パートさんが2人入ったばかりですが、沢山仕事したい人達なので私が休んでも大丈夫みたい。


さて、振り返って骨折6日目の記録をします。


1/2 (6日目)

2日前にギプスをモナカ状に切ってもらったが、まだきつくて手が痺れる。

心配なので当番医に診てもらうことにしました。

ほんと、年末年始にケガや病気はするものではありません。

不調が続くと複数の病院に行くことになって、病院によって若干治療の仕方が違うので、先生も私も気を使います。


レントゲンで確認したら骨は真っすぐついていてずれてはいないとのこと。

良かった~

最初に整復してくれた先生に感謝。


ただ、指がパンパンに腫れてきつくなったギプスを見て「これでは駄目だ」と先生。

ギプスを取ることになりました。

看護師さんがギプスカッターで手際よくカット。


取り外し可能なギプスシーネになりました。

先生が「お風呂にも入れますよ」と言うけど、手首周りをガードするだけのギプスで大丈夫なのか?

最初のお医者さんでは骨がずれてた様子を見ていたから、「肘上まで2週間固定してその後肘下にする」と言っていました。


そのことを、この日の当番医の先生に伝えてなかった。汗

伝えなくても同様にギプスを付け直すと思っていたけど、思っていた以上にギプスが小さい・・・

でも、先生は今の状態を見て判断しているから大丈夫か?


それに何と言っても取り外せるのは魅力的すぎる。


骨折した日から上半身の服は脱げず、上半身は拭いていました。

拭けない背中は娘に拭いてもらって。

頭と下半身はシャワーで右手を使って洗っていたけど、この日からお風呂に入れたし、着替えられたので、もうガチガチのギプスに戻りたくない。

再び骨がずれないように、ものすごく慎重にお風呂に入り着替えました。

それでも服の袖に左手を通すとき、ちょっとでも変に通すと超痛かったので、毎日お風呂に入って着替えるのはやめました。


「次は1週間後にレントゲンを撮ります」

と言われたので、この翌週、病院へ。

ウォーキングをしてもよいか聞いたら、転倒防止のためしばらくやめてくださいと言われました。


お医者さんには言われませんが、毎日、骨作りのため、ビタミンDを作るよう日光浴を30分しました。

丁度、毎日晴れて骨のためには良かったと思われます。

2026年2月3日火曜日

手首骨折。4日目の記録。

手首骨折記録。

12/31(4日目)

ギプスで指の付け根から肘上までがっちり固定中。

肘は曲げた状態。

手首は真っすぐではなく少しおじぎした感じ。

腫れてギプスがきつい。

手先が若干冷たいし痺れている。

腕もきつくなってる。


という訳で、年末の当番医で診てもらうことにしました。


当番医へ行く時は電話で確認しています。

「4日前に別の当番医で処置してもらったギプスがきつくなってしまったので診ていただけますか」

と。


レントゲンで見たら骨は、ずれていませんでした。

最初のお医者さんが、ただ引っ張って手首のあたりをムニムニしただけ。

感覚だけで、ずれた骨を元通りにするって凄すぎる。


ギプスをちょっと緩めることになり、先生は「モナカにする」と言っていました。

モナカって?

食べ物のモナカ状にギプスを切ることらしく、マジックでギプスに切る線を書いて、看護師さんに指示していました。


ギプスカッターで切り始めたけど、肌に触れたら切れそう。


で、お正月に姪と姪の旦那さんのSさんに会った時、そのことを話したらSさんは研修医なので肌に触れても切れないことを教えてくれました。

普通は看護師さんが教えてくれるそうです。


年末で忙しいから言わなかったのか?

私が知ってると思ったのか?

実際肌に触れても血が出なかったのはそういう訳だったんですね。


指の方ももう少しカットすると言って先生が線を書いたけど、その看護師さんは「ここは切らなくていいでしょう」と言って切りませんでした。


モナカ状に切っている途中で先生が来て、

「そのギプスは取って付け直そうか?」

と言ったら、その看護師さんが、

「モナカにして様子をみたらどうでしょう」

と言うので、そうなりました。

看護師さんの言う事が通ってしまうとは・・・


ただ、こういう時は何が良いかわからないので、これが運命(大げさ)と思うことにしています。


モナカの皮部分がギプスであんこ部分が腕と手首。

切ったギプスを包帯で固定。


先生が、

「もし、これでもきつかったらお正月の当番医で診てもらってください。整形外科です。きつくなければ最初に行った病院で早めに診てもらってください。」

と言って、お正月の当番医を書いた紙を渡してくれました。


家に帰ったら腕の部分は少し楽になったけど指がまだきつい。

看護師さんには先生が書いた通り手の部分も切って欲しかった。


それにしても、ギプスの中が痒い。

古くなったお箸をギプスの隙間から入れてかじったら少し落ち着きました。

ギプス生活が始まったばかり。


これからどうなることやら・・・

お正月の当番医の表を見ながら2026年を迎えたのでした。

2026年1月26日月曜日

手首骨折。当日の記録。

 年末、12/28に左手首骨折。

まだ治る気配なしですが、忘れないうちに少しずつ覚書。

(前記事と重複あり)


12/28  当日 15時頃

息子は既に帰省していたが外出中。 

娘は在宅勤務中。

冷戦中だった夫は車で外出中。


干した布団と洗濯物を取り込み、夫のジョギングの服を洗濯したので干す準備をしていました。

普段は午後に洗濯をしませんが、汗臭い服を翌日まで置いておくのも嫌なので。


リビング窓際から、こたつ脇を通り洗濯機へ向かう途中。

こたつ敷布団の端を踏み滑りました。


因みにこたつ敷布団は今シーズン買ったもの。

布団は厚めでカバーはポリエステル素材。

とっても暖かいのです。

その日に初めて滑ることを知り、このまま使用し続けるのは怖いけど…

気に入っているので悩みます。


滑らない靴下を履けばいいか?


とにかく、その日は歩くスピードが速かったのも悪かった。

滑ってから一瞬体が宙に浮き、まず頭をこたつにぶつけました。

その後左手をつき、今まで経験したことのない痛みが・・・

しばらくこたつ布団の上で寝ていました。


とりあえず頭は無事。

それより次に全身を支えた左手首が曲がっている(-_-;)


在宅勤務中の娘を呼んで転んで左手首が変だと見せたら、

「ひぃ~。一階で大きい音が聞こえたけど転んだんだ。手がやばいね」

と言って、お父さんに家に帰るよう連絡してくれました。


帰ってくることを確認後、当番医を調べてくれたので当番医に連絡。

診てくれると言うので娘は仕事に戻りました。


夫が帰宅後、当番医へ。


当番医には私のような怪我人ばかりで、ちょっと安心しました。


先生はエコーとレントゲンを見て、

「フォークの形に折れているね。骨粗鬆症かも。今回は手首だけど次は…」

と脅かすことを言いながら、

「年末で日が悪い。手術するならだいぶ先になるけどどうしようか?」

と聞かれたので、

「お任せします」と答えたら、

「麻酔せずに冷やして引っ張って骨を戻して固定にしよう」

となり、ずれた骨をうまく戻してくれました。


「すごく痛かったでしょう」

と先生と看護師さん。

「大丈夫です」

と答えられられたのは、お気に入りのドラマ「三国志司馬懿」の痛そうな場面の数々を思い出していたから。

あれよりは全然痛くないでしょう⁈

超痛かったけど。


その後、肘の上までギプスで固定。

「2週間後に肘下までのギプスにして、1か月後には骨がつくと思います」

とのことで、2週間後の予約を入れ帰宅。


冷戦中だった夫とも会話をするようになりました。

こんな状態の時に争いは禁物。


夫の価値観はわからないし嫌なことが多いけど、良い所もあるから否定せずに上手くやっていく方法を考えよう。


最近、皆に依存されていてイライラしていました。

それが、今回の骨折によって解決されたのは驚きです。

痛すぎたけど、効果あり過ぎ。


まず、家庭では家事。

何もしない夫が食器洗い、洗濯(自分のものだけ)をするようになりました。


職場ではパート仕事。

色々な業務を依存されっぱなしだったので、新年からは平等に分担しようと思っていましたが、骨折が治るまで休むので、結局、全部お任せすることになりました。

時々、失敗もあるようで連絡がきますが、解決方法を伝えると上手く対処して何とかなっているとのこと。

パート仲間は真面目なので、任せて大丈夫みたいです。


それから妹。

半年前からパート先で一緒に働き始めたけど、教えたはずの業務を何度も聞いてくるし、気になることがあったので注意したら辞めると言い出して・・・

丁度、増員の求人を出していたので「辞めるなら早めに社員に言って」と言ったら辞めることになりました。

この件で妹と雰囲気が悪くなっていましたが、骨折を機に再び連絡をとるようになりました。


と言っても、一度壊れたものは継ぎ合わせても傷は残るもの。


程々の距離を保っていこうと思います。

姉妹で働くと妹の方に甘えが出るので、二度と一緒に働くことはないでしょう。


私にとっての骨折は、自分の気持ちのリセットができて良かったのかもしれません。

家事や仕事のこだわりをなくして他人に任せるということ。

そして、私に依存していた人達は私無しでも良いように動き出したこと。


さて、骨折の経過ですが、その後、左手が全体的に腫れてギプスがきつくなり、手先が冷たくなってきました。

痺れもある。

ネットを調べると放置しないで病院で診てもらった方がよいと書いてある。


年末なんだよなぁ・・・

でも心配なので大晦日に別の当番医に行ったのでした。

2026年1月4日日曜日

2025年末2026年始は大変だった。今も。

 年末、パート仕事納めをして休みに入り、息子も帰省、夫も休み、娘は在宅勤務の日。

息子と夫は、それぞれ出かけていました。

干してあった布団をしまい、洗濯物もしまって、また沢山出されていた夫の洗濯物が洗い終わったので干すつもりでいたのですが・・・


その前の日に夫との倫理観の違いによるプチ喧嘩をしていたこともあって、そんな夫の洗濯物をすることにイラっとしながらも、夫も家族のために働いているから仕方ないか・・・とか、でも、私もパートもして家事はほぼやってるよなぁ・・・とあれこれ考えていたら、室内の段差で滑って転んでしまったのです。

左手を思い切りついて、あまりの痛みにしばらく寝ていました。

少し治まって起き上がり左手首を見たら、明らかに変形している。汗


仕事中の娘を呼んで手首を見せたら娘も動揺。

でも、すぐに夫に知らせてくれ、夫が帰宅することに。

整形外科の当番医を調べて病院に電話し、夫に車で連れていってもらいました。


娘は夫が帰ってきたのをみて再び仕事へ。


何せプチ喧嘩中だったから無言で病院まで。

病院では夫が診察室まで付き添ってくれたので、そこで夫も私がどのように転び、左手首がどうなってしまったか分かったようでした。


骨折して骨がずれていましたが、手術するとしても1/5以降。

それもいつできるかわからない。

年明けに手術か、整復してギプスで固定するか、聞かれたけど正直よくわからない。

それで、

「先生が今一番良いと思われる方法でお願いします。お任せします」

と言ったら、整復してギプス固定することになりました。


麻酔はせず、氷でずっと冷やして痛みを感じさせないようにし、先生が思い切り引っ張って骨を元の位置に戻してくれました。

超痛かったけど、顔にも声にも出さずに済む程度。

三国志の司馬懿のドラマを繰り返し視聴中だったので、痛そうなシーンを思い出しながら耐えました。

ギプス後のレントゲンを見たら元に戻っていたから、先生に感謝。

これから動かさずに骨がつくのを1か月以上待つことになります。


帰りは夫とも話をするようになりました。

倫理観は合わないところがあるけど、感謝。


家事、パート仕事はしばらく人に任せてお休みします。


それにしても、2025年は健康面が悪い年でした。

ただ、息子の結婚式の時は体調がまぁまぁ良くて、それだけが救い。

若干50肩の痛みが残る程度でした。


2026年のスタートは、ギプスがきつくて色々ありましたが、またの機会にここに書いておこうと思います。

あ~あ、室内で転倒して手首骨折なんて、骨粗鬆症の老人みたい。

治ったら骨密度を検査してもらおう。

2019年1月10日木曜日

一人暮らしの大学生長男、あばらを強く打つ。


少し前に県外大学生の長男からきたLINEで送られてきたのは、冬休み終わりにこっち(静岡)で友だちと食べた海鮮丼の写真。


最近、そんなLINEばかりで油断していたところで先日、

「あばらを強めに打って深呼吸すると痛い」というのが送られてきました。

スノボで強く打ったようです。


うちの夫が40才過ぎたころからよく怪我をして、鎖骨を骨折したり腰かどこかの骨にヒビが入ったり・・・

若いころ平気だったことも、ちょっと無理するとそうなるようになりました。


そして数年前、ジョギングで転んで胸を強く打ったときに、長男と同じようなことを言っていました。

夫はいつも長距離を走るので、あまり足が上がらなくなったところで、何かに躓いてしまったのです。

痛みの状態から多分ヒビは入っているだろうけど「病院へは行かない」と。


何日か経ったら痛みが減ったのでジョギングを再開していました。

走る人って「走りたい病」のため、体調がイマイチでも走りたいし、天気が悪くても走りたいらしい。

結局、自然治癒力で治ってしまいました。

ただ、これは、夫のこれまでの経験で「この程度なら病院へ行かなくても大丈夫」というのがわかるのであって、長男にはわからないでしょう。


夫は「多分、大丈夫だけどね」なんて言っていたけど、一人暮らししていたら心細いのではないのかな?と思うのです。


それに、過去の失敗もあります。

この記事→指の怪我は軽くみられがちだが要注意。骨折して膿むのはよくないという話。に書きましたが、長男が骨折していたことに気づかず酷くした経験があります。

この時も夫が「そのくらい大丈夫だよ。病院行ったあと学校行って部活やってくるだろ?」と言ったこと、今だに長男は覚えていますから。

「あの日、結局、緊急手術になったんだよね。お父さん、あんなこと言ってたけど。」

と。


だから、今回は夫が「大丈夫じゃないの?」と言っていたことは長男に言わず、

「病院で診てもらったら?」

と返信しました。


そうしたら「診察代は払ってもらえるのでしょうか?」って。


骨も心配だけど、そっちの心配も大きかったようです。

「そういうお金は出すよ」

と返したら安心したようでした。


「明日、病院に行ってくる」

って。


結局、翌日になったら痛みが引いたのか「もう少し様子をみることにした」と連絡がきました。


若いから回復が早いですね。


私も先日ひどい目眩がしたけど一人暮らしだったら不安だっただろうなぁ・・・


調子が悪ければ病院へ行けばいいし、本当に大変なときは救急車を呼ぶなどして自分を守って欲しいと思います。

こっちから行くこともできるけど、何時間もかかりますから・・・

2017年5月10日水曜日

指の怪我は軽くみられがちだが要注意。骨折して膿むのはよくないという話。


長男が中学3年生の時の話です。

中学、高校はラグビー部だったので、いつもどこかを怪我していました。


その年の秋の試合では、踏まれた手の指の爪がはがれてしまいました。

でも、その時は足も怪我して、本人もそうでしたが、足ばかりに気を取られていたのです。



指はいつものことだと軽く考え、絆創膏でくっつけておいたのですが、徐々に腫れてきました。


怪我に慣れてしまっているため、それでも病院へ行かなかったのです。





恩人は英語教師


長男が英語教師に、

「試合で怪我して指が腫れちゃったんだ・・・」
と、パンパンの指を見せたら、


「ひどいから病院へ行った方がいいよ。」
と、言われたことを家で話しました。

「そうだね、行ったほうがよさそうだね。」

・・・

この英語教師の言葉がなかったら、手遅れになっていたかもしれません。

優しい40代くらいの女教師で、一生忘れられない恩人です。


最初の病院


骨折しているとは思っていなかったので、皮膚科か整形外科か悩みましたが、行きやすかった整形外科へ行きました。

そこで、骨折がわかったのです。

正直、驚きました。


怪我から1週間近く経っていたかもしれません。



もう少し大きい病院で診てもらうようにと、紹介状を書いてもらい翌日行くことになりました。


ここでは、たまっていた膿を出してもらいましたが、その晩、指の痛みに苦しんでいました。

膿を出さないほうが良かったのではないか?
と思うほど眠れない痛みだったようです。

私は、辛そうにしている息子の指を冷やしてあげることしかできませんでした。


総合病院へ


学校へは遅刻の届けをして、総合病院へ行きました。


診察をしたのは、クールで若いイケメン医師でした。

「骨折して膿むのはよくないんですよ。それに、骨折から時間が経ちすぎています。いつから、腫れていましたか?」


「いつから腫れていたんだろう?」

と、はっきり答えられない親子に呆れた顔をしていたのを、今でもよく覚えています。


その後、血液、尿、レントゲン、膿の培養の結果、全身麻酔による手術が決定しました。


もう何も飲食してはいけないと言われ、



「朝食、もっとたくさん食べておけばよかった」
って。




手術&入院




手術についてイケメン医師ではなく、手術担当の医師から説明がありました。


「指の怪我は、軽くみられがちですが、今回のも悪ければ中指切断、もっと悪ければ右手を切断です。」


「それから、若いので、骨もどんどん成長するから、骨折を放っておくと変についてしまいます。すぐに手術をしましょう。今日は、手術が4つあるから、そのあとでします。」


長男は、想定外の手術に焦っていました。
(もちろん私も焦りました。)

そして中学生なりに、手術担当医師に納得がいくまで質問をしていました。



麻酔のこと、手術後の痛みのこと、部活の試合と練習のこと、10月の修学旅行のこと・・・


試合は、絶対出ちゃダメ、右手を使う練習ダメ、修学旅行OK。



学校へは手術と入院でしばらく休む連絡をしました。


保健の先生から連絡がきて、部活の怪我なので学校で入っている保険がおりるから、市の補助を使わずに、普通に支払ってきてくださいとのことでした。

その頃から市は、中学まで医療費補助があったので助かっていました。


手術後


「骨についていた菌は洗いながし、骨をもとどおりにつけました。ただ、菌が残っているかもしれないので、経過観察をします。」


と、手術担当医師が手術がうまくいったことを伝えてくれました。


完治するまで時間がかかり、2~3カ月通院しました。





現在、大学のバレーサークルで楽しんでいるようだから、後遺症はないようです。




教訓



・ひどい怪我は、早めに病院で診てもらう。
・指の怪我は軽くみてしまいがちだが要注意。
・骨折して膿むのはよくないので気をつける。

です。


これを読んでくださった皆様にも、お役に立てればよいなぁと思っています。

それより、このようなことにならないことを祈りますが。


大学受験、入学、一人暮らしを始めて1年間にかかった費用のまとめ

この春、長男は大学2年生になりました。 大学受験、入学準備、一人暮らし にかかった費用の 詳細を過去記事に分けて書きましたが、キャンパス移動も概ね無事に終わり落ち着いたので、 ここではそれらを、 「 う ー ん ! 」  (ピコ太郎さん風) とくっつけて、受験から大...