2026年4月18日土曜日

手首骨折から3ヵ月半経過。手指関節拘縮は治らず。

 左手の手首骨折をしてから約3ヵ月半。


3ヵ月経った頃から指がだいぶ曲がるようになってきました。

まだ完全には曲がらないけど、力は少し入るので冷蔵庫や玄関のドアを左手だけで開けられるようになりました。

指に力が入るようになったことで、車のハンドルの太さ位なら操作できそうで、車の少ない平日の時間帯に少し運転してみたところ、前進は問題なし。

駐車場のバックの切り替えしに左手を使う癖があるので、それを意識して右手メインですれば大丈夫でした。

リハビリにウォーキングで片道40分かけて行っていたのを、この頃から車で行けるようになったのは嬉しい。

雨の日にも行けるし、何と言っても病院に着いた時に汗だくにならないのが良い。


リハビリは老人が多く、皆さん厚着している中、私一人半袖で汗を拭っていましたから。

先月は待合室の隣に座ったおじいさんに、

「今日は暑い?」

と、聞かれてしまいました。

「歩いてきて暑くなってしまいました」

と、答えたら納得していましたけど。


リハビリは、電気と超音波とリハビリの先生の施術。

リハビリの先生は丁寧にやってくれる分、待ち時間が長いです。

1時間以上待つこともしばしば。


で、スマホにダウンロードしてあった本を読んで待っているけど、少し前に「三国志」は後書きまで読み終えてしまいました。

ただ、最近、目の調子も悪くて、1時間も読んでいると目が疲れてぼやけてしまう。

あっちこっち悪くなるお年頃。


約3ヵ月半経った現在は、まだ手をぎゅっと握れないのでリハビリ通院を続けています。

運転は違和感なくできるようになりました。


先日、久しぶりにパート仕事に半日だけ行ってきました。

駐車場に着いたら、職場の敷地のお隣のおじいさんが2階の窓から、

「おーい、治ったか?」

と声をかけてくれて、

「はい、完全ではないけど治りました!」

と答えて、

その後、取引先のメーカーの女性事務員さんにも、

「骨折の割にお休みが長いので心配していました」

と言われたので、

「運転ができないのと、手が使えないと業務に支障があるので休んでいたんですよ」

と答えたりで、皆さん気にかけていてくれたみたい。


その日、初めて1月に入った新人パートさんに会って、教え切れていない業務を教えてきましたが、この方は沢山働きたいと言っているだけあって吸収が早かったです。

基本、パートは一人で勤務なので、私が復帰すると新人パートさんの勤務日数が減ることになるけど、私は出勤日が少ない方が良いのでお互い丁度良いのでは⁈

もう一人年末に新人パートさんが入っていて、その方は既に会っていて良い人。

職場環境ががらっと変わりました。


手首を骨折してから、人に任せなければならないことが増えました。

今まで夫やパート仲間のやり方に不満がありましたが…

教えた通りにやらないし、やるべきことが不十分だったからなのですが、口を出さずに任せることにしました。

人それぞれやり方や考え方に違いがあるので、大きな問題がなければそれで良しとしよう・・・

と。


骨折は私にそれを教えたのだと思っています。

もし、神様がいるとしたら中々厳しい教え方でしたが、今、とても良い感じではあります。

2026年3月19日木曜日

高齢父の骨折と忘れられていた銀行口座。

 現在、父は85才。

83才の母と2人で、我が家からスープの冷めない距離に住んでいます。

両親とも80才過ぎたころから老化が加速してきました。


父は約半年前、ウォーキング帰りに自宅前で転倒。

左手小指を骨折しましたが、医者の言うことを聞かずに固定を取ってしまったので、曲がったまま骨がついてしまいました。

ただし小指なので不便ではなさそう。


認知症も始まっているようで、その骨折のことを、

「だいぶ前に骨折した。いつだったかなぁ?」

なんて言うので、

「最近の事じゃん」

と私が言いましたが、聞いていないのか聞こえないのか?

何も答えませんでした。


この小指骨折から歩くのを怖がり、ウォーキングをやめてしまいました。

そのため急激に体力、筋力、認知能力が低下。


父は毎晩、晩酌するので、お酒の利尿作用により夜間のトイレの回数が多く、酔いと筋力不足で立ち上がるのに時間がかかり、転倒も増えていると母が嘆いています。


数か月前には転倒して壁に頭をぶつけ、

「壁に穴が開いた」

と、母が私に言いに来ました。

実家に行くと壁が父の頭の形で抜けています。汗

壁が弱かったので頭に傷はありませんでした。


そんな日々を送っているにもかかわらず、父がお酒をやめないので、

「毎晩、じぃじが騒がしいので寝不足。お酒をやめてくれればいいんだけど」

と、母は言っているけど、それは難しいことだと思っています。


そして、約1か月前、夜中のトイレの時に転倒し肩を骨折。

少し前に入院し手術をしました。


入院の説明は母が一緒に聞いてきましたが、病院から私に電話があり、

「ご両親(高齢の父と母)に説明しましたが、入院日を間違えているかもしれません。念のため娘さんにも日程を伝えておきます」

と、入院日と手術日を言ったのでメモをとり実家で確認したところ、やはり間違えて聞いてきていました。

電話がなければ一日早く行ってしまうところでした。

手術は母と私が立ち会いました。


そんな両親なので本当は通院の送迎も私がするべきですが、私も年末に手首を骨折し指と手首が拘縮しリハビリ中。

まだ手が握れないし手首の動きがいまいちなので運転できません。


病院までは、かなり遠回りすればバスがあるけど、骨折した老人がバスで移動するのは困難。

高齢の母が運転して病院へ通っています。


こうなると、病院の送迎は同じ市内に住む妹に頼りたいところですが、妹と母は冷戦中で頼めません。


この2人、10年以上会っていないのでは?

普段は母が悪いことの方が多いのですが、この冷戦のきっかけは妹に問題がありました。

物事を悪く勘違いし、大袈裟にとらえる妹の短所が全面に出た出来事でした。

誰が見ても妹が悪いのですが、本当のことを妹に言うのは危険。

一見、普通ですが、難しいメンタルの持ち主だということを家族は知っているのです。


そんな訳で、両親の介護が必要になった場合、私が背負うことになるのでしょう。


ただ、それが当たり前だと妹に思われたくないので、今回の父の骨折入院のこともlineで伝えてあります。

手術に付き添ったことなども書いたけど、返信内容は他人事でした。


「アフラックの保険がおりるよ」とも返信にあり、父に確認。

父はそんな保険に入っていることを忘れていましたが、妹は保険の代理店に長年パート勤務していて、だいぶ前に父に契約してもらったようです。


で、その手続きを妹がして「入金されているはず」と言うのですが、入金されておらず。

アフラックの保険の引き落としがある通帳を記帳していましたが、どうやらその通帳で引き落とされていたのは、父が若い頃から会社で入っていたものだったのです。


それで、そう妹に伝えたら通帳の口座番号の頭4桁はわかると言うので、実家で再確認したら、

「そんな通帳はない。わからない」

と父が言います。


でも、保険料は毎月約5千円落ちていると妹が言っていたからどこかにあるはず。


で、更にあっちこっち探したら、父が定年退職後に勤めた会社の給料が入金されている通帳が見つかり、それだと判明。

最後に記帳されたのが10年前。

記帳がいっぱいになったところで終わっていたので、続きを銀行で記帳することになりました。


骨折中の父本人が古い通帳を持って母と3人で銀行に行きましたが、印鑑が必要だと言うので家に取りに戻り、今度は印鑑が違うと言うので3往復。

ようやく新しい通帳に記帳できました。


確認すると入金されていてひと安心。

でも、よく見ると入金額はそれまで払った保険料と比べると微々たるもの。

父が再就職したところで稼いだお金は間もなく保険料でなくなるところでした。


その残金を見て妹にイラっとした私と母。


父に保険を解約するか聞いたら、

「わからないから解約していいよ」

と言うので、イラっとした気持ちを出さないように気を付けて「保険を解約する」と妹に伝えました。


後日、ちゃんと解約できているか確認しないと!

です。

2026年3月14日土曜日

手首骨折から約11週間経過。リハビリ中。

 年末に左手首を骨折してから約11週間経ちました。

6週目に骨がつきギプスが外れ、

「今日これからリハビリを始めましょう」

と先生。


その日から週2~4日ペースでリハビリ通院しています。


リハビリ担当の先生は、見た感じ30代後半くらいの背の高いスポーツマンタイプの先生。

リハビリ初日は浮腫みがひどく、手首だけでなく指もほとんど曲がらず状態でしたが、担当の先生はその様な手を見慣れているようでした。

それで、

「こんなに指が動かなくて大丈夫でしょうか?骨折中に無理にでも動かした方が良かったのですよね?」

と聞いたら、それについては答えず、

「時間はかかるけど動くようになるから焦らず頑張りましょう」

と。

これからどうやって治すかだけ考えていこう

ということなのでしょう。


骨折後11週間経っても、まだぎゅっと握れません。

ただ、親指とどの指もつけられなかったのが、まず人差し指がつくようになり、今は中指、薬指がつくようにはなりました。

もう少しで小指もつきそう。

それによって全く使えなかった左手が、少しずつ使えるようになってきました。


浮腫みは、一番ひどかった時を10とすると今は2ぐらい。

手の甲の血管が出てきたけど、骨はほんの少し見える程度。


力が入らないので、ゴミ袋を縛るとか冷蔵庫を左手で開けることはできません。

洗濯物は何とか干せ、食器も時間をかければ洗えるようになりました。


車の運転はしていません。

もう少し力が入り、手が握れるようになってからにするつもり。

パート仕事はずっと休んでいます。


病院でのリハビリは超音波と電気と先生の施術で合わせて1時間弱。

予約制ではないので下手すると1時間半くらい待つのが難点。

待っている間は病院を変えようかな?

なんて考えてしまいます。


担当の先生の人柄が良いので通い続けていますが。


待ち時間が苦痛なこともあり、リハビリ初期は週4日通院でしたが今は2日程度。

リハビリの先生のやり方をよく見て、自宅で真似しています。


あと、五禽戯をYouTubeを見ながらやっています。

因みに五禽戯(ごきんぎ)とは…

後漢時代の名医・華佗(かだ)が創始した約1800年の歴史を持つ伝統的な養生気功法。

虎・鹿・熊・猿・鳥の5種類の動物の動きを模倣し、五臓六腑を活性化させます。


これは中国のドラマ、三国志~司馬懿 軍師連盟~の影響。

司馬懿が神医、華佗(かだ)先生に教わり、自宅の庭や、牢に入れられた時、最終回にしていた健康体操。


手先も動かすので、リハビリになりそう。

色々試して、左手が元通りになるよう頑張っているところなのです。

2026年2月20日金曜日

手首骨折6日目の記録。

 12/28に左手首を骨折してから7週間ちょっと経ちました。

現在リハビリ中。

手のむくみは始めが10だとしたら3まで引いたけど、まだむくんでいて色も赤黒いです。

固定が取れて10日くらい経ちましたが、固定により関節が固まり、手首はあまり動かないし指は殆ど曲がりません。

親指と人差し指は何とかつくけど、親指と他の指はつかない状態。

握れないので車の運転もできず、リハビリに通うのに病院まで片道40分かけて歩いて行っています。


ギプス固定中に指を動かしていたほうが良いのはネットにあったけど、むくみがひどくて動かず。

多分、もっと頑張って動かしておくべきだったのでしょうが、骨が動きそうなのも怖くて安静にしてしまいました。

ここまで関節が拘縮してしまうと後悔。

でも、仕方ないからリハビリに時間をかけて根性で治します。


パート仕事はずっと休んでいて、有給を全部使いきりました。

新人パートさんが2人入ったばかりですが、沢山仕事したい人達なので私が休んでも大丈夫みたい。


さて、振り返って骨折6日目の記録をします。


1/2 (6日目)

2日前にギプスをモナカ状に切ってもらったが、まだきつくて手が痺れる。

心配なので当番医に診てもらうことにしました。

ほんと、年末年始にケガや病気はするものではありません。

不調が続くと複数の病院に行くことになって、病院によって若干治療の仕方が違うので、先生も私も気を使います。


レントゲンで確認したら骨は真っすぐついていてずれてはいないとのこと。

良かった~

最初に整復してくれた先生に感謝。


ただ、指がパンパンに腫れてきつくなったギプスを見て「これでは駄目だ」と先生。

ギプスを取ることになりました。

看護師さんがギプスカッターで手際よくカット。


取り外し可能なギプスシーネになりました。

先生が「お風呂にも入れますよ」と言うけど、手首周りをガードするだけのギプスで大丈夫なのか?

最初のお医者さんでは骨がずれてた様子を見ていたから、「肘上まで2週間固定してその後肘下にする」と言っていました。


そのことを、この日の当番医の先生に伝えてなかった。汗

伝えなくても同様にギプスを付け直すと思っていたけど、思っていた以上にギプスが小さい・・・

でも、先生は今の状態を見て判断しているから大丈夫か?


それに何と言っても取り外せるのは魅力的すぎる。


骨折した日から上半身の服は脱げず、上半身は拭いていました。

拭けない背中は娘に拭いてもらって。

頭と下半身はシャワーで右手を使って洗っていたけど、この日からお風呂に入れたし、着替えられたので、もうガチガチのギプスに戻りたくない。

再び骨がずれないように、ものすごく慎重にお風呂に入り着替えました。

それでも服の袖に左手を通すとき、ちょっとでも変に通すと超痛かったので、毎日お風呂に入って着替えるのはやめました。


「次は1週間後にレントゲンを撮ります」

と言われたので、この翌週、病院へ。

ウォーキングをしてもよいか聞いたら、転倒防止のためしばらくやめてくださいと言われました。


お医者さんには言われませんが、毎日、骨作りのため、ビタミンDを作るよう日光浴を30分しました。

丁度、毎日晴れて骨のためには良かったと思われます。

2026年2月3日火曜日

手首骨折。4日目の記録。

手首骨折記録。

12/31(4日目)

ギプスで指の付け根から肘上までがっちり固定中。

肘は曲げた状態。

手首は真っすぐではなく少しおじぎした感じ。

腫れてギプスがきつい。

手先が若干冷たいし痺れている。

腕もきつくなってる。


という訳で、年末の当番医で診てもらうことにしました。


当番医へ行く時は電話で確認しています。

「4日前に別の当番医で処置してもらったギプスがきつくなってしまったので診ていただけますか」

と。


レントゲンで見たら骨は、ずれていませんでした。

最初のお医者さんが、ただ引っ張って手首のあたりをムニムニしただけ。

感覚だけで、ずれた骨を元通りにするって凄すぎる。


ギプスをちょっと緩めることになり、先生は「モナカにする」と言っていました。

モナカって?

食べ物のモナカ状にギプスを切ることらしく、マジックでギプスに切る線を書いて、看護師さんに指示していました。


ギプスカッターで切り始めたけど、肌に触れたら切れそう。


で、お正月に姪と姪の旦那さんのSさんに会った時、そのことを話したらSさんは研修医なので肌に触れても切れないことを教えてくれました。

普通は看護師さんが教えてくれるそうです。


年末で忙しいから言わなかったのか?

私が知ってると思ったのか?

実際肌に触れても血が出なかったのはそういう訳だったんですね。


指の方ももう少しカットすると言って先生が線を書いたけど、その看護師さんは「ここは切らなくていいでしょう」と言って切りませんでした。


モナカ状に切っている途中で先生が来て、

「そのギプスは取って付け直そうか?」

と言ったら、その看護師さんが、

「モナカにして様子をみたらどうでしょう」

と言うので、そうなりました。

看護師さんの言う事が通ってしまうとは・・・


ただ、こういう時は何が良いかわからないので、これが運命(大げさ)と思うことにしています。


モナカの皮部分がギプスであんこ部分が腕と手首。

切ったギプスを包帯で固定。


先生が、

「もし、これでもきつかったらお正月の当番医で診てもらってください。整形外科です。きつくなければ最初に行った病院で早めに診てもらってください。」

と言って、お正月の当番医を書いた紙を渡してくれました。


家に帰ったら腕の部分は少し楽になったけど指がまだきつい。

看護師さんには先生が書いた通り手の部分も切って欲しかった。


それにしても、ギプスの中が痒い。

古くなったお箸をギプスの隙間から入れてかじったら少し落ち着きました。

ギプス生活が始まったばかり。


これからどうなることやら・・・

お正月の当番医の表を見ながら2026年を迎えたのでした。

2026年1月26日月曜日

手首骨折。当日の記録。

 年末、12/28に左手首骨折。

まだ治る気配なしですが、忘れないうちに少しずつ覚書。

(前記事と重複あり)


12/28  当日 15時頃

息子は既に帰省していたが外出中。 

娘は在宅勤務中。

冷戦中だった夫は車で外出中。


干した布団と洗濯物を取り込み、夫のジョギングの服を洗濯したので干す準備をしていました。

普段は午後に洗濯をしませんが、汗臭い服を翌日まで置いておくのも嫌なので。


リビング窓際から、こたつ脇を通り洗濯機へ向かう途中。

こたつ敷布団の端を踏み滑りました。


因みにこたつ敷布団は今シーズン買ったもの。

布団は厚めでカバーはポリエステル素材。

とっても暖かいのです。

その日に初めて滑ることを知り、このまま使用し続けるのは怖いけど…

気に入っているので悩みます。


滑らない靴下を履けばいいか?


とにかく、その日は歩くスピードが速かったのも悪かった。

滑ってから一瞬体が宙に浮き、まず頭をこたつにぶつけました。

その後左手をつき、今まで経験したことのない痛みが・・・

しばらくこたつ布団の上で寝ていました。


とりあえず頭は無事。

それより次に全身を支えた左手首が曲がっている(-_-;)


在宅勤務中の娘を呼んで転んで左手首が変だと見せたら、

「ひぃ~。一階で大きい音が聞こえたけど転んだんだ。手がやばいね」

と言って、お父さんに家に帰るよう連絡してくれました。


帰ってくることを確認後、当番医を調べてくれたので当番医に連絡。

診てくれると言うので娘は仕事に戻りました。


夫が帰宅後、当番医へ。


当番医には私のような怪我人ばかりで、ちょっと安心しました。


先生はエコーとレントゲンを見て、

「フォークの形に折れているね。骨粗鬆症かも。今回は手首だけど次は…」

と脅かすことを言いながら、

「年末で日が悪い。手術するならだいぶ先になるけどどうしようか?」

と聞かれたので、

「お任せします」と答えたら、

「麻酔せずに冷やして引っ張って骨を戻して固定にしよう」

となり、ずれた骨をうまく戻してくれました。


「すごく痛かったでしょう」

と先生と看護師さん。

「大丈夫です」

と答えられられたのは、お気に入りのドラマ「三国志司馬懿」の痛そうな場面の数々を思い出していたから。

あれよりは全然痛くないでしょう⁈

超痛かったけど。


その後、肘の上までギプスで固定。

「2週間後に肘下までのギプスにして、1か月後には骨がつくと思います」

とのことで、2週間後の予約を入れ帰宅。


冷戦中だった夫とも会話をするようになりました。

こんな状態の時に争いは禁物。


夫の価値観はわからないし嫌なことが多いけど、良い所もあるから否定せずに上手くやっていく方法を考えよう。


最近、皆に依存されていてイライラしていました。

それが、今回の骨折によって解決されたのは驚きです。

痛すぎたけど、効果あり過ぎ。


まず、家庭では家事。

何もしない夫が食器洗い、洗濯(自分のものだけ)をするようになりました。


職場ではパート仕事。

色々な業務を依存されっぱなしだったので、新年からは平等に分担しようと思っていましたが、骨折が治るまで休むので、結局、全部お任せすることになりました。

時々、失敗もあるようで連絡がきますが、解決方法を伝えると上手く対処して何とかなっているとのこと。

パート仲間は真面目なので、任せて大丈夫みたいです。


それから妹。

半年前からパート先で一緒に働き始めたけど、教えたはずの業務を何度も聞いてくるし、気になることがあったので注意したら辞めると言い出して・・・

丁度、増員の求人を出していたので「辞めるなら早めに社員に言って」と言ったら辞めることになりました。

この件で妹と雰囲気が悪くなっていましたが、骨折を機に再び連絡をとるようになりました。


と言っても、一度壊れたものは継ぎ合わせても傷は残るもの。


程々の距離を保っていこうと思います。

姉妹で働くと妹の方に甘えが出るので、二度と一緒に働くことはないでしょう。


私にとっての骨折は、自分の気持ちのリセットができて良かったのかもしれません。

家事や仕事のこだわりをなくして他人に任せるということ。

そして、私に依存していた人達は私無しでも良いように動き出したこと。


さて、骨折の経過ですが、その後、左手が全体的に腫れてギプスがきつくなり、手先が冷たくなってきました。

痺れもある。

ネットを調べると放置しないで病院で診てもらった方がよいと書いてある。


年末なんだよなぁ・・・

でも心配なので大晦日に別の当番医に行ったのでした。

2026年1月4日日曜日

2025年末2026年始は大変だった。今も。

 年末、パート仕事納めをして休みに入り、息子も帰省、夫も休み、娘は在宅勤務の日。

息子と夫は、それぞれ出かけていました。

干してあった布団をしまい、洗濯物もしまって、また沢山出されていた夫の洗濯物が洗い終わったので干すつもりでいたのですが・・・


その前の日に夫との倫理観の違いによるプチ喧嘩をしていたこともあって、そんな夫の洗濯物をすることにイラっとしながらも、夫も家族のために働いているから仕方ないか・・・とか、でも、私もパートもして家事はほぼやってるよなぁ・・・とあれこれ考えていたら、室内の段差で滑って転んでしまったのです。

左手を思い切りついて、あまりの痛みにしばらく寝ていました。

少し治まって起き上がり左手首を見たら、明らかに変形している。汗


仕事中の娘を呼んで手首を見せたら娘も動揺。

でも、すぐに夫に知らせてくれ、夫が帰宅することに。

整形外科の当番医を調べて病院に電話し、夫に車で連れていってもらいました。


娘は夫が帰ってきたのをみて再び仕事へ。


何せプチ喧嘩中だったから無言で病院まで。

病院では夫が診察室まで付き添ってくれたので、そこで夫も私がどのように転び、左手首がどうなってしまったか分かったようでした。


骨折して骨がずれていましたが、手術するとしても1/5以降。

それもいつできるかわからない。

年明けに手術か、整復してギプスで固定するか、聞かれたけど正直よくわからない。

それで、

「先生が今一番良いと思われる方法でお願いします。お任せします」

と言ったら、整復してギプス固定することになりました。


麻酔はせず、氷でずっと冷やして痛みを感じさせないようにし、先生が思い切り引っ張って骨を元の位置に戻してくれました。

超痛かったけど、顔にも声にも出さずに済む程度。

三国志の司馬懿のドラマを繰り返し視聴中だったので、痛そうなシーンを思い出しながら耐えました。

ギプス後のレントゲンを見たら元に戻っていたから、先生に感謝。

これから動かさずに骨がつくのを1か月以上待つことになります。


帰りは夫とも話をするようになりました。

倫理観は合わないところがあるけど、感謝。


家事、パート仕事はしばらく人に任せてお休みします。


それにしても、2025年は健康面が悪い年でした。

ただ、息子の結婚式の時は体調がまぁまぁ良くて、それだけが救い。

若干50肩の痛みが残る程度でした。


2026年のスタートは、ギプスがきつくて色々ありましたが、またの機会にここに書いておこうと思います。

あ~あ、室内で転倒して手首骨折なんて、骨粗鬆症の老人みたい。

治ったら骨密度を検査してもらおう。

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